「いすゞ」誕生の背景と社名のナゾ

もともとは社名でなく車名だった!

「いすゞ」という名前は、もともと車名として名づけられました。後にこれが社名となり、現在のいすゞ自動車に至っています。その歴史を簡単に振り返ってみましょう!

  1. 1920年代後半の東京は関東大震災もあり、人々の安定した生活に、トラックは欠かせない存在であることが認識されるようになりました。

    当時の3大メーカーは、東京瓦斯電気工業、石川島自動車製作所、ダット自動車製造。フォード、GMなどの外国メーカーに押され、価格や技術面で歯が立たない状況でした。

  2. そこで、1930年に自動車国産化を促進する官民一体プロジェクトがスタート。低価格で安全で壊れにくく、大量生産可能な「商工省標準形式自動車」の製作が始まります。

    政府が強い思い入れとリーダーシップを発揮し、陸軍の技師や鉄道省、3大メーカーのエンジニアが共同で設計作業にあたりました。

  3. こうして1933年に標準形式自動車が完成!標準化することで、故障しても部品を入手して交換修理できるようになりました。
    日本の技術の粋を集めたこの車は、後に「いすゞTX」として生産され、トラックの礎として今に引き継がれていきます。
  4. 「いすゞ」と名付けられる前は、メーカーごとに「スミダ」「ちよだ」という車名を使っていました。同じ車なのにいくつも車名があるのはややこしい!ということから生まれた統一車名「いすゞ」。これが後にいすゞ自動車の社名となり、今日に至っています。

なぜ五十鈴川に由来?

ここで誰もが持つ「なぜ東京のクルマが伊勢の五十鈴川にちなんだの?」という疑問。これについては記録がなく、いまだ謎に包まれたまま…。

当時、軍艦の名前などが地名・川に由来することは一般的でした。「いすゞTX」も国家プロジェクトから誕生した背景があり、同様の発想で名づけられた可能性もあります。国との関わりが強い伊勢神宮から五十鈴川にたどり着き、「いすゞ」というネーミングになったのかもしれませんね。

ちなみに「いすゞ」=「スミダ」「ちよだ」と同じく「三音節で最後が濁音」=“ゲン担ぎ説”もあるそうですが…真相はいかに?!

いすゞTXは現代トラックの原型

こうして生まれた「いすゞTX」は、まさに “国力”として活躍し、人々の生活に不可欠な存在になっていきました。がれきを処理し、道なき道を突き進む…このタフさは今の自衛隊車両にも受け継がれています。

今も昔も、いすゞは「はこぶ」を支えている!

いすゞTXは社員にとっても大切な歴史。社内ではこんな模型を発見しました。しかもマニアックな給油車仕様(左)と海軍仕様(右)!汚れもリアルに再現されています。

株式会社ハセガワ様では、1/72スケールの「いすゞ TX-40 燃料補給車」を製造・販売されています。

「いすゞ」の前に使われていた「ちよだ」「スミダ」という車名。「ちよだ」は宮内庁(千代田区千代田)にお買い上げ賜ったこと、「スミダ」は隅田川畔に工場があったことに由来すると言われています。

あれ、五十鈴川と隅田川…もしかして“川つながり”?!

いすゞ車には「117クーペ」「810スーパー」など、極秘中の極秘であるはずの開発コードが車名になったものも。車名の由来はコチラでもご紹介しています。

往年の名車!「810」の開発コードには「ハッテン・発展」という意味が…。

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