事務局Blog

HaKoBu事務局からのお知らせやぷちネタ、読者の声などをお届けします。

震災7年目の宮城から

【津波の傷跡】
震災から7年が経ち、地域がどのように復興してきたのかが気になります。
ここは名取市の閖上というところで海から1kmほど離れた場所です。
一面更地になったところに、ぽつんと大津波の被害を受けた蒲鉾工場が残されています。

震災当時のものでしょうか。
ねじ曲がった傷だらけのガードレールがそのままになっています。
場所によって当時の状態が残されているところもあります。
その向こうに見える塔は震災犠牲者の慰霊碑で、手を合わせる人が絶えませんでした。

【災害復興工事とギガ
海から少し離れた沿岸部では6mくらいの高さの嵩上げ工事が行われていて、長く巨大な擁壁のように続いています。この嵩上げした上に県道をつくって、また来るかも知れない大津波の防波堤として備える事業となっています

現場へ向かうGIGAダンプの車列に遭遇しました
嵩上げ工事や復興工事で、たくさんのGIGAダンプが働いていて、震災復興を支える大きなチカラになっていることが実感できました

【被災地からのチャレンジ】
津波被害を受けた農地では、海水の塩分が残り作物が育ちにくくなる塩害という被害が起きています
広大な農地から塩分を取り除くことは簡単ではありません。そこで、塩分に強い菜の花を栽培して菜種油を生産したり、ミツバチと養蜂による蜂蜜で地域活性を目指す菜の花プロジェクトという試みがおこなわれています 辺り一面が黄色いじゅうたんのようになっていて感動的な光景ですね

【南三陸さんさん商店街】
さらに移動して南三陸に来ました
道中も様々な大規模復興工事が行われていて、復興の途中だということが分かります
嵩上げした場所に建物や人の集まる場所を作る。この「さんさん商店街」もその一つです

南三陸のリアス式海岸は、豊富な海の幸をもたらします
ここ志津川周辺ではタコが多く水揚げされることから、かわいらしいイメージキャラクターにもなっています

【再度の津波襲来とモアイ像】
南三陸のシンボルでもあるモアイ像も整備され、観光客の撮影スポットになっています
なぜ南三陸にモアイ像があるのでしょうか
1960年チリ地震で津波が南三陸にまで押し寄せ甚大な被害が発生しました。
モアイ像はチリとの友好と防災のシンボルとして贈られました。
しかし東日本大震災の大津波によって流出してしまいます。このモアイ像は2013年に再びイースター島から贈られた「本物のモアイ像」なのです

【最先端技術の「南三陸sun2エナジースポット」】
ここでも新しい試みが
有機薄膜太陽電池という最先端のソーラー技術で、有志企業とさんさん商店街のコラボでの企画だそうです フィルムタイプのソーラーパネルは軽量で持ち運びが容易な特徴があるので災害時の応用が期待されますね

7年という時間によって震災の傷跡が癒えつつありますが、大津波被害を受けた沿岸部周辺では復興の遅れが気になるところです。
その中で、新しい試みが始まっていることを見る機会が増えてきました。
菜の花プロジェクトや有機ソーラーがそうですが、今までの規定概念にとらわれないチャレンジで東北から発祥の産業や技術で地域活性化につながればいいなと思います。

みんなからのコメント

コメントする

タイトル
名前
メッセージ

事務局Blog

カテゴリ
月別
最新の記事

おすすめ HOT TOPICS

募集中