事務局Blog

HaKoBu事務局からのお知らせやぷちネタ、読者の声などをお届けします。

4年の月日

まもなく、3・11の震災から4年を迎えます。
まだまだ、東北では震災復興が思うように進んでいない場所があるのが現実です。
4年という月日が流れ、震災の記憶風化が心配されていますが、HaKoBuサイトでは、今後も継続して
東北に足を運ばれた方からの投稿を掲載し、見たこと・聞いたことを、みなさんにひとつでもお伝えできればと思っています。
下の写真は震災後間もなくの被災地の写真です。このような凄惨な状況だったということ…。
あの日の記録としてお伝えします。

南三陸では、たびたび津波の被害が起きていました。
この倒れた看板は昭和35年5月24日のチリ地震の津波のもので
2.4mの津波が押し寄せたそうです。
しかし、東日本大震災ではそれをはるかに超える高さの
津波に襲われました。

建物も基礎や骨組みを残してすべて流されました。
そこにあった生活の営みもすべてです。
津波の破壊力は想像をはるかに超え、地上にあったあらゆるものをのみ込み破壊していきました。

誰かが乗っていたであろう、自動車も原型を留めないほど壊れ折り重なっています。
4tトラックは荷台がもぎ取られ、フレームは2つに折れ曲がっていました。
タイヤがあるのでやっと自動車だとわかる状態です。酷いです。

茶色の土と、壊れた灰色のコンクリートの塊。
潮と油と焦げたにおいは今でも忘れることができません。
風の音しかせず、とても静かでした。
この記憶は生涯忘れることがないでしょう。

こちらは名取です。
田んぼの真ん中に漁船や流出物が残されています。
傷だらけになった中型漁船も海から流されてきました。
この地域は仙台平野が広がっているため、津波が陸地の奥まで入り込んで来たそうです。

こちらは気仙沼です。
巨大な船も陸地に流されてきました。現実感の無い状況に茫然としたのを覚えています。現在は解体されてありませんが、津波の凄まじい威力を感じます。

仙台港近くの空き地には、水没して壊れた自動車が集められていました。
車内が泥で埋まった車両もあり、恐怖感を感じます。

震災直後は、とにかく静かでした。 信じられない状況において怖いという気持ちばかりでした。 申し訳ない思いで写真を撮りましたが、月日が経つにつれ風化を感じ震災のあの日の記録として残したく思いました。

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